
BASCOデザイナー小畑宣子 / パタンナー小島康世

イメージを形にする
2008年、デザイナーの小畑宣子の頭の中に、とあるイメージがやってきました。それは“まだ幼い子どもが、お兄ちゃんの服を勝手に着てぶかぶか”な様子。不格好な中にあるかわいらしさに、「次はこんなシルエットを大人向けにつくってみよう」と考えたところから、マオパンツづくりは始まりました。
小畑にとって、デザインは理屈ではなく情景からもたらされるもの。それは子どもの頃の環境に原体験があるのかもしれない、と彼女は話します。「母は洋裁の仕事をしていました。わたしがこんな服を着たいなと描いた絵を、母が形にしてくれるのです。頭の中にしかなかったものが、洋服になることに、それはそれは胸を踊らせたものです」。その方法はいまにも通じていて、浮かんだイメージはパタンナーである小島康世に手渡され、パターンになります。「ざっくりと描かれた絵と印象込みのイメージを受け取って、それを試行錯誤しながら形にしてきました」と小島も応じます。


こうして始まったマオパンツづくりは、既存の服づくりの常識を大きく覆すものでした。「わたしが引いてきたパターンに『もっと、もっとたっぷりしているの』と修正が入ったんです」と小島は当時を振り返ります。「既にかなり太いパンツだったから、困ったなと思っちゃって」。二人はその時のイメージのすり合わせを楽しそうに思い出します。「結局手で描くのは追いつかなくて、はさみでパターンをジャキジャキ切っちゃって、扇形に広げましたよね」「そうそう、このくらい大きくていいの!と話しながらね」。
その結果、机の上には収まりきらず、二人は床にパターンを広げて検討を続けました。こうして、たっぷりの分量を裾に向かってテーパードさせた、類を見ないマオパンツが誕生しました。

もう一つの大きな特徴は、後ろに付けた2つのパッチポケット。大きくユニークなバケツ型にして、あえて低い位置に少し斜めにつけました。小島は「これにより重心が低くなってかわいらしさが増すんです。ヒップから目線が外れるので、着痩せして見える効果もあります。これも誕生以来変わらないデザインです」と話します。

当時は折しも、スキニー全盛期。ワンサイズでぶかぶかのシルエットのマオパンツは、ずいぶんな異端児でした。それでも小畑は気に入ってくれる人がかならずいると信じていました。流行に逆らってものづくりをするのは、一歩踏み出す勇気が必要。しかしここでも彼女は子どもの頃の経験を思い出していました。
「子どもの頃、周りはとにかくみんなミニスカート。美智子さまもミニスカートをはいておられたとお話したら、その時の空気が伝わるでしょうか。そんな中、わたしは母の元に届けられたファッション誌で見たミディ丈のスカートに魅せられました。『これをはきたい!』と強く願って、母につくってもらったんです」。周りの人からは、ちょっと不思議な目で見られたものの、あのときに感じた「自分の着たいものを着ている!」という高揚感は忘れられないと話します。

マオパンツもまた、「これが自分の着たかったものだ」と発見した人たちに愛される一着になりました。「見つけてくれた人たちは、やはり勇気ある人たちだったと思います。流行でないものを着るには、自分のスタイルや体型を把握して、一度咀嚼して、自分のものにする過程が必要。それを経てこそ、自分を愛するということになるのだと思うのです」と小畑。
いまではマオパンツは、自分のスタイルに欠かせないと考える人たちの定番です。“その人らしさ”の一端をマオパンツが担っているとしたら、本当に幸せな服だと言えそうです。
写真:穴見春樹、砺波周平
テキスト:浅野佳子